fc2ブログ

浪漫自走

タイヤのちっちゃな自転車のこと。歴史のこと。キャンプのこと。山のこと。日常のことでも。

Category: 県外の山 > 天王山

Comment (2)  Trackback (0)

歴山歩タリング!!光秀公を忍んで 終の章 前編

ついに冬型の気圧配置になるらしい(`ω´)グフフ




さてさて。



土曜は延期に次ぐ延期になっていた明智光秀公の足跡をたどる旅。
最後のピースをはめに。
歴山歩タリング!!光秀公を忍んで 終の章を行ってきました。
今回のバディはもちろん。
2021sPB060035.jpg
兄さん、、、どんだけ光秀LOVEなんですか(爆)
ツギロウ兄さんです。

まあそんなこんなでいってみよ~。

早朝3時、ツギロウ兄さんが自宅まで迎えに来てくれほんと助かりますm(__)m
快適ロングドライブで目指すは決戦の地 山崎!!
JR山崎駅のこの場所からスタート。
2021sPB060002.jpg

まずはと。
天下分け目の天王山の語源となった「天王山」に登ります。標高270m。
2021sPB060005.jpg

最初から激坂。
2021sPB060007.jpg
しばらくすると宝積寺。寺内から登山道(遊歩道よりですな)に変わります。

2021sPB060010.jpg

地元の里山って感じで、早朝より山登りされておる方もいるかなと思いきや全く静かなものでした。

これが旗立松。
2021sPB060012.jpg
光秀秀吉軍の激しい攻防があったと思われる天王山。
ですが実際はそんなことはなかったらしいですね。
秀吉軍が山崎に着陣し、ここに千成ひょうたんの軍旗を掲げ一気に士気を高揚させ、その勢いのままに光秀軍を打ち破ったようです。
山城運用ドクトリンという運用法らしい。
こんなん山に陣しかれたって、抑えの軍を置くなりしてほっといてあげたらいいのに。
あっそ、山すかそうすかみたいな強メンタルの軍隊なら通用しないよね。
そんな話をツギロウ兄さんとしていました(笑)

しかし戦いにおいて軍の士気は最も大切な要素の一つでもあるし、こういった作戦は大砲などの強大な飛び道具がない当時は特に有効だったのであろうと思われます。

南西方向。
こちら側から中国大返しをした秀吉軍が西国街道をひた走ってきた。
2021sPB060029.jpg
地図を見ても、秀吉メインの進軍ルートである西国街道は、ちょうどこの場所は淀川と天王山に挟まれた隘路になっています。
先に天王山を光秀軍がとり、この隘路に差し迫った秀吉軍を各個撃破していけば、数的不利も覆されたのではなどどシンプルに考えてしまうのですけど、実際の戦いはそんな単純なものでもないのでしょうね。
wiki抜粋。
「当時の山崎には沼地が広がっていたため大軍が通過できるのは天王山と沼の間の狭い空間に限られ、明智軍がその出口に蓋をした形となっている。」
とあることから、布陣としては明智軍は悪くはなかったようです。

「攻城団」サイトより地図抜粋。
simg20210913080953671.jpg
地図でいう神子田隊(赤)のあたりにまで光秀軍が出張って鶴翼みたいな形をとって、沼地を通る秀吉軍をおりゃーってな感じで山側と沼向こう側と挟撃していけばいいのにって感じてしまうのはど素人なのかな~。

現代戦と違い、人対人の戦いなので(圧倒的な兵器の優劣が趨勢を決めるという意味ではなく)結局のところ地の利も大事であすが、勝敗を決するのは結局のところ人の数、考えたら今でいえば兵器の数になるのか。
あとはその兵器(兵士)の士気なんでしょうね。
防衛線というのは日本人気質に向いてないのかな。
日本内地での長期籠城戦というのも石山とかごくごくわずかしかないし。
勢いづいて攻めるときはいいけど、いざ守るという気持ちになると絶望感がおそう。日本は島国なので陸地を逃げるにしてもきりがあるので。なので玉砕とかいう考えに至るのか。
ちょっと話がそれましたね。

2021sPB060013.jpg

展望台より。
2021sPB060014.jpg
山崎の合戦が繰り広げられた場所一望。

感無量の兄さん。
2021sPB060017.jpg
ワイも感極まって飛び乗る。
s2021tg0018_xlarge.jpg

天王山にはこのような絵巻形式の大きな陶板絵図があります。
s2021g0022_xlarge.jpg
計六枚だったかな。

山頂に向かう前に。
2021sPB060021.jpg
禁門の変で敗走した十七烈士のお墓も手厚く。

山頂。
2021sPB060026.jpg

ここはもちろん。
2021sPB060025.jpg
s2021g0033_xlarge.jpg
四百数十年の時を超え、水色桔梗の旗ではないけど、水色のウインドシェルに身を包んだ我々が天王山を明智軍に成り代わって制する。
この日の天王山も一番乗りの模様v( ̄Д ̄)v イエイ
あんぽんたーんなおじさんです(汗)

無論我々の戦いはここから始まったばかり、本日の行程は長い。。
兵は神速を尊ぶ。
あの時の秀吉軍はたしかに速かったかもしれない。
が、しか~し現代の明智軍(約二名)はさらに神速です(自画自賛)。
だって鎧とか刀とか持たないんですもの(笑)

急いでツギの戦場に。

途中の公園でトイレ休憩をさせてもらい。
2021sPB060041.jpg
決戦の地に。
2021sPB060044.jpg
天王山よく見える。

ツギだ~。
サントリーのビール工場から誘惑な香りが、、、
2021sPB060046.jpg
煩悩に負けるわけにはいかない。

光秀公本陣跡。
2021sPB060047.jpg
最初はここが本陣跡となっていたらしいのですが、新説ではまた別の場所にかわったらしい。
ツギロウ兄さんに教えてもらいました。

ここがそう。
恵解山古墳
2021sPB060050.jpg
2021sPB060055.jpg
天王山もばっちり。
ここから勝竜寺城までの距離はたいしてない。
なら最初から勝竜寺城防衛戦でいいのではと思わず考えてしまいますが、そんなことしたら援軍の見込めない明智軍はじり貧で戦う前から壊滅か。

では勝竜寺城に行くよ。
2021sPB060060.jpg
2021sPB060061.jpg
9時開園で時間は8時40分ごろだったので、開園まで休憩。後半戦の軍議を行う(笑)

いざ入城。
2021sPB060067.jpg
忠興とガラシャがラブラブだったころ。

城には明智の水色桔梗と細川(忠興)の九曜紋の旗。
2021sPB060068.jpg
明智と細川がラブラブだったころということね。
細川父子が明智側に味方しなかったことが最大の敗因ですからね、そもそも。
細川藤孝・忠興も家名存続のため心を痛めであろうけど。
当時は家名存続の意識が今とは考えれないほど強かっただろうし、友情とか義理とか、そういったものでは覆せないのでしょうね。
そう考えると石田三成に味方した大谷吉継なんかには魅せれますよね。
でもそれは今の時代に似た感覚というのか、甘っちょろい感覚になってしまうのかもしれない。

場内は無料になっており、展示物や動画など見ることができました。
動画は最後まで見入ってしまった。
クオリティの高い無料博物館です。

外からも。
2021sPB060074.jpg
ベンチも九曜紋。

お城あとにして。外郭の堀跡を見る。
2021sPB060075.jpg
2021sPB060080.jpg
すぐ近くに神足神社。こうたりと読むそうです。
山登りする身として足をよく使うので運命的なものを勝手に感じるけど、その足(脚)とはまた関係ない模様。

ここからは一旦淀に向かいます。淀城とかそんなのではなく、京街道(西国街道ではない)を歩いて伏見まで向かうためです。
京都競馬場までは一般道。

むかし淀川との橋が架かっていたみたい。
2021sPB060082.jpg

京都競馬場横を歩き。
2021sPB060085.jpg

戊辰戦争の激戦区でもあった模様。
2021sPB060087.jpg

街道の面影はあまりなかったです(汗)
2021sPB060088.jpg

伏見突入。
伏見スルーして一気に明智藪に向かってもよかったけど、ツギロウ兄さん以外にも京都街中あまり歩いたことないらしく、観光がてらに伏見に行きますかと変更。
先に書きますが、このあと明智藪~胴塚といって、そのあと大岩山のあたりに上りこんで京都トレイル使いつつ、知恩院のあたりまで山トレイルでしたが、時間的にこれは厳しいことが判明。(すでにお昼近く)
餅虎(和菓子屋)の閉まる時間を考えると、トレイル使うとかなり無理があるのでここからは切り替えて、京さんぽに変更です(笑)

2021sPB060090.jpg
水門の公園。
2021sPB060092.jpg
さこさんやkoroさん、てぃーぽさんたちとのtikitの旅やほかBROMPTONでも何度が伏見には来ています。
色々と懐かしい。。
歴ポタもほんとしていないな。いつも思ってはいるけれど。

2021sPB060094.jpg

寺田屋。
2021sPB060096.jpg
ちなみに龍馬の時代の寺田屋とは実か何の関係もない。
詳しくはお調べくださいね。

カッパ黄桜カントリー。
2021sPB060098.jpg
懐かしい。
ここでさこさんたちとご飯食べたのよな。伏見で試飲もした。楽しかった記憶がよみがえる。。

さ、再現!?
s2021g0063_xlarge.jpg
日本酒の試飲ではないけど、生中頂いちゃった(爆)
ちょうど午前の部終了か(笑)
この後も長くなるので後編に。
ではまた~。
スポンサーサイト





プロフィール

ゲンジ

Author:ゲンジ
夏は好きですが暑いのは嫌い、寒いのはまだ耐えれる方ですが、寒すぎるとダメ、適温の幅が極端に少ないんです。。

最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
人気ブログランキング
FC2
Amazon
楽天
カウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
フリーエリア

12345678910111213141516171819202122232425262728293011 2021