浪漫自走

タイヤのちっちゃな自転車のこと。歴史のこと。キャンプのこと。山のこと。日常のことでも。

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いざ!!

昨日は、早朝早起きして名古屋まで車でぶっ飛ばして行ってきました。
というのも、高校、大学と20年来の付き合いのある友人が名大病院に入院したので、そのお見舞いに。
本人は思ったより元気そうで、とりあえず良かった。
まだまだたくさんの検査があるらしく、しばらくは入院生活が続くようですが、私にできることは、早く回復することを祈るのみです。。


それでですね、一応BROMPTONも積んで行きました。
最初、外出でもできるのなら、彼の足になって色々連れていってあげようかと思ったのですが、それもはっきり分からず、お見舞いだけなら丸一日っていうわけにもいかないので、折角なので昼から名古屋でポタしようかと思って。

面会者もわかるように、氏名住所記入してこのようなシールを引き換えに。
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誰でもオープンっていうのも怖い世の中ですものね。


午前中いっぱい病院に。久々にいろんな話できて、逆に私が元気もらったかもです。


友達も名古屋城でもいってこいやと、おもてなし隊見れるぞ、などと言っていたのですが、おもてなし隊には興味がなく(~_~;)また名古屋行きも急だったこともありこれまたノープラン。小牧や清須でも良かったのですが、、
暑いし、都会の中を走るのもなんだかな~なんて思いつつ車を走らせ結局名古屋脱出。
大垣ポタにしようかと、取りあえず大垣について飯食って。でもう~ん、イマイチ自転車乗るのもな~って気に。
車の運転の疲れもあったのかな。

それで大垣から、だらだら一般道を走って関ヶ原バイパス通ったら笹尾山ののぼりが見えて。
よし、関ヶ原ポタしますか!
ってことで決定しました。
この前、三成の縁の地も行きましたからね、ちょうどそのこともあり~の。


それで笹尾山の石田三成陣跡。ここに車を置けることは知っていました。前に一回来ていますからね。
ただ、関ヶ原はここしか来たことありません。この機会にくるりとしてみます。
それで、自転車組んだらいきなりの雨で。。
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10分ほどで止んだので出発!
笹尾山からスタート。
ここは石田三成の陣があった場所で、小さい山なのですが、砦というよりちょっとしたお城になっています。
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すぐ近くの旧小学校は資料館になっていてここでマップ調達。
そして決戦地。
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笹尾山からすぐです。
三成が西軍の総大将みたいなものですからね、最大の激戦地です。
あ、もちろん私は西軍びいきです<(`^´)>

マップを見ながらスタンプラリーっぽい感じで。ちなみにスタンプはないですよ。
島津義弘陣跡。
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関ヶ原はやぎが盛んに放牧されていましたよ。
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次は小西行長陣跡、ここが関ヶ原開戦地になります。ここも画像あるのですが、こんな感じで全部アップしていくとかなりの量になるのでやめときます。
それで宇喜多秀家陣跡に。
じつは関ヶ原で最も行きたかった場所、というかこれだけ見ればあとは別にいいんですといっても構わないくらいの最重要スポット。。
大谷吉継のお墓。
ここに行きます。
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この砂利道を果敢にBROMPTONで進みます。こんな感じの踏み固められた砂利道なのでブロなら余裕。これがtikitなら歩いたかもです。
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ブロの方がtikitより雑に扱える、言い方が悪いですね、より悪路を進める感じです、私的にですが。
しばらく走ると見えてきました。宇喜多秀家陣跡。
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境内の辺りです。
さて、さらに進んで目指すは、大谷吉継のお墓。
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熊は勘弁><
しかし負けてられるか~!!
この看板の場所にブロをおいて歩きです。
藤古川のダムの上を歩きます。
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そして、
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あれ!?

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道路に出てしまいました。
この道路を下って数百メートルのところにあるらしい、、、
なんか騙された感がヽ(`Д´)ノ
戻ってブロで大きく迂回して行くことにしました。
大谷吉継のお墓に行く前に、福島正則陣跡、脇坂安治陣跡を通りました。
福島正則陣跡には、おおきな木がありました。案内板には「月見 宮大杉」関ヶ原合戦図甁風にも描かれていると書かれていました。
脇坂安治陣跡の後ろには松尾山が。
ここは裏切り者、小早川秀秋陣跡があります。小早川軍の裏切りがなければ西軍が勝っていた、、、といっても間違いないかもしれません、脇坂安治なんかも、本来は動向が怪しかった小早川の抑えとして、三成らも期待していたと思われますが、一緒になって裏切る始末、、、
歴史に、もしを言い出しても仕方ありませんが悔やまれます、西軍びいきですからOrz
松尾山登らなければならなかったので、小早川の陣跡はスルーです(゚Д゚)ノ


ぐるっとまわって平塚為広の碑。
大谷吉継と共に戦った武将で、病身の吉継に変わって大谷隊を率いたらしいです。熱い漢です!
そして、大谷吉継のお墓。
道路から歩いて数百メートル小さな山を登ります。
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大谷吉継は福井の敦賀の城主で、私が好きな武将の一人です。
ある茶会で招かれた豊臣の諸将が茶碗の茶を一口づつ飲み、次に回していったのですが、吉継のとき茶碗に鼻水だったか膿みだったか(癩病だったため、顔が崩れてムゴイ状態だったらしい)一滴茶碗に落ちてしまいました。それを見たほかの諸将は、その茶碗の茶を飲むのを嫌がったが、三成は気にもせず飲み干したらしいです。それを見た吉継が三成のために死んでもいいと思ったとか、有名な話です。
この時の義理かどうかは別として、負けると踏んだ戦いで三成に戦いを避けるよう換言するも聞き入られず、それでも、三成のために最後まで奮戦する「義」の武将です゚(゚´Д`゚)゚
あと、ここで初めて知ったのですが素敵な話が。
大谷吉継の首を埋め隠した家臣、湯浅五助。それを敵方の藤堂仁左衛門に発見されるが、自らの首と引換えに他言を阻止し、供養を託します。これに感心した仁左衛門、家康に吉継の首の在処を聞かれても頑として答えず、合戦後に墓を建てたそうです。
藤堂高虎は好きなれませんが、仁左衛門はカッコイイです♫

戻って藤堂高虎・京極高知陣跡に。学校の敷地内にありました。
本多忠勝陣跡も立ち寄りました。

そのあと松平忠吉・井伊直政陣跡とお隣の東首塚に。
関ヶ原の辺りを治めていた竹中重門に、家康が命令して関ヶ原でなくなった将士を埋葬した場所です。東と西の二箇所あるみたいですが、西は見ずに来てしまいました。

最後に徳川家康最後の陣跡。
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戦いも中盤以降に差し掛かり、最初の桃配山の陣から最後に陣を置いた場所。ここから三成のいる笹尾山までそれ程離れていませんね。大将だからといって後ろの方で隠れているのではなく、しっかり前まで来て戦う、そうじゃないと誰もついてきませんよね、今も一緒ですね、偉そうに指示だけ出してふんぞり返っている上司の言うことなんか心から誰も聞きませんよね。
家康は嫌いですが(いっちゃった)こういうところは偉いと思います。

これで笹尾山の駐車場に戻りました。
マップに乗っている場所、全てはまわりきれませんでしたが、小さい地域で密度の濃い歴史探検ができました。
やぎもいっぱいいたし、ここで天下分け目の戦いがあったとは思えないほど、のんびりとした風景の中、ブロで遊んで楽しかったです。ただついた時間がお昼も随分廻った時間だったこともあり、結構早足でまったり感はなかったかな。大谷吉継のお墓のある小山には、他に陣跡もありそれなりに時間も掛かりましたからね。
関ヶ原はさすがに歴史ファンには人気のスポットなのか県外ナンバーの車、バイクもたくさん来ていましたし、若い女性のグループなんかもよく見かけましたよ。
機会があれば、この辺から垂井、大垣に向かってポタしてみたいです。

今日は私と嫁さんの分、あるものをお買い物&早速お試ししてきました。
この件についてはまた今度^^/


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南近江ポタリング~続き~

では、西教寺からの続きを書いていきますね。


西教寺は頑張って坂を登ったところにあったので、帰りは楽です^^
下り坂を坂本城跡をめがけ一気に駆け下ります。
途中で不思議な場所発見!
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なんだろう、この石垣は、、、もしや穴太積みか!?
坂本に穴太という地域があることは、以前から知っていました。なのでこの辺をポタリングすれば穴太衆に関わるなにかが見つかるかなとは思っていましたが、あっさり穴太積みに出会うとは♪
穴太衆とは戦国期に活躍した石工集団の事です。
さらに適当に進むと、大きな通りにぶつかりました。どうやら日吉大社に向かうメインの参道のようです。観光案内所を見つけたので、坂本のマップを貰いに行きました。
ドラクエっぽく言えばパパパパッパッパパア~ン♫地図を見つけた^^v
そんな感じですね。予備知識は少なめで、あとは現地で情報収集というのもポタリングぽくっていいじゃないですか。
マップによれば坂本の町は、重要伝統的建造物保存区地区に門前町として指定されていたのですね、しかもたくさんの寺社仏閣があり、穴太積みもいろんな場所で見れます。ここまで大きいとは知らんかったっす(-_-;)

それで観光案内所のおじさんに、今日は明智光秀に縁の場所をめぐっているんですと伝えると、食いつきが良くって色々と教えてくれましたよ。
盛安寺。ここは明智の陣太鼓があるが、今は見れないということ、あと来迎寺、ここにも坂本城の門が移築してあること、それと明智左馬助の湖水渡りの地が、におの浜の辺りにあるということです。後で膳所城も行くつもりというと、におの浜は大体そのへんにあると教えてくれました。
私のBROMPTOMにも興味をもってくれたので、折り畳んで見せてブロの素晴らしさをアピールしときました^^

盛安寺。
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言われたとおり、見学などは受け付けている感じはなかったので、写真だけ。
盛安寺から琵琶湖の方に行けば坂本城跡見つかるわと言われたので、そのとおり琵琶湖の方に向かうと、難なく見つけることができました^^
坂本城跡。おじさんもここに明智光秀の像があるから、ここで写真撮ってきなさいと言っていました(^^ゞ
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これは当時の石垣なのか!?
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坂本城は琵琶湖が渇水状態になると、石垣が湖面から姿を見せるそうですよ♫
少し離れた場所にも坂本城跡の石碑。
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来迎寺を探します。
一応、おじさんに場所は聞いています。この案内所の前の道を下に(琵琶湖の方)真っ直ぐ走って国道161まで出たら、左に曲がって一つ目の交差点の角だと。言われたとおり、もと案内所前の道に、そして一つ目の交差点と、、、
まったく見当たりません><
反対側の交差点と、何回も往復したのですが、全く見つからず、おじさんが言っていた国道161はもとの国道で、私はバイパスとなっている方の国道と勘違いしていました。気づくまで30分ほどウロウロおんなじ道を行ったり来たり迷い子になっていました(´;ω;`)
やっと見つけた来迎寺。正式には聖聚来迎寺と言うみたいです。
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中には、鬼武蔵の異名を持つ森長可や信長の小姓として有名な森蘭丸の父、森可成のお墓もありました。
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ここまでで、結構な時間を坂本で過ごしました。
このまま坂本の街をじっくり探検しても良かったのですが、湖水渡りの地も見ておきたかったし、源義仲、巴御前、そして松尾芭蕉が眠る義仲寺も行きたかったので、大津に向かうことにしました。

ナブユー35始動!!もう、ほとんど何も考えず、素直に161を走って大津に(~_~;)
見つけました、義仲寺。
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義仲と巴御前のお墓。
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芭蕉のお墓。
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境内の池にはたくさんの亀がいましたよ♪
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義仲寺についてはウィキ等ご参照のほどm(__)m
芭蕉翁がしきりに来訪し宿舎としたそうです。「骸は木曽塚に送るべし」との遺言で遺骸は義仲寺に運ばれ墓を建てたとのことです。
ここで、受付のおばさまに、明智左馬介の湖水渡りで有名な「におの浜」知りませんかと尋ねると、柳が崎の間違いではとのこと、そこで親切にも私が境内散策中にいろいろネットで調べてくれました。
ありがたいです゚(゚´Д`゚)゚しかし、結局はっきりしたことはわかりませんでした><


取りあえず、「におの浜」の場所聞いて向かいました。
それらしい湖岸に。きれいに整備されていて、たくさんの人たちが休日を楽しんでいました。なんか京都に住んでおられる人に愛されている鴨川べりの風景といいますか、この湖岸の公園も大津の人たちに愛されている場所なんだな~と、そのような素敵な場所でした、写真はないけど(-_-;)
でも、そこで見つけた大きな常夜灯。
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湖岸をウロウロすると、少し離れた場所に見つけました、それらしい石碑!!
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山崎の戦いに破れ、陸路が敵方に押さえられたのですが、この場所から馬で湖を渡って坂本城に戻ったという逸話の湖水渡りの地です。におの浜で合っていました^^v

では、この辺で福井に帰ることも考えねば(-_-;)
膳所城跡見てから、近江八幡駅まで自走。もしくは琵琶湖大橋を渡って堅田までもどるかのどちらかのコースを取ろうと、行きの電車では考えていたんですよね。
ナブユーで調べたら、大体似たような距離で30km前後。それで今の時間は15時半すぎ。
AV15kmで走っても、18時前には電車乗れるだろうということで、何故かいつにも増して強気<(`^´)>
とにかく膳所城に。
大津から湖岸を少し走ったところに。
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最早、記録写真となっていました。建築物がなにか残っているのかと思っていたのですが、整備された公園でした。
さて、帰りますか。

近江八幡駅に行くことに決めました。
というのは琵琶湖大橋経由で堅田まで戻ったほうが距離も長いし、どうせなら湖岸をまったりウロウロ走りたいのに、電車の時間を気にしながらというのも何か嫌じゃないですか!?それで。
走り出してしばらくすると、なんかやっぱり疲れているな~と弱気に。。
瀬田の唐橋があるはずなんだが、とか思っていたのですが、通った橋はどうも違うみたい。遠くにそれっぽい橋が見えましたが、戻る元気がなくなって、お腹もすいてきたのでコンビニでエネルギーチャージ!!
これが逆に決めてとなって、近くの駅から輪行して帰ることにしました。

すぐ近くに瀬田駅を見つけて、駅員さんに福井まで鈍行で帰りたいのですが、電車の時間はと聞くと、最短で17時近くで待ち時間が結構あります><
それならただ待っているのも嫌なので、もう少し先の草津駅まで走ることにしました。

途中はたまたま、前にデイパック背負ってマウンテンバイクで単独走行している方がいたので、しばらくこっそり追走。引いてもらうとはこんな感じなのでしょうか、なんとなく風を前の人が受け止めているので、楽な感じがしました。
それもしばらくだけで、わたしはナブユーに従って道を折れます。
これがナイス選択^^d
ナブユー35を褒めてあげたくなりました。どうやら旧東海道を選んだようです^^

写真の関係上、自転車は進行方向の逆向きです。
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草津陣屋。
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見てのとおり休館日。でも日曜だしやってそうな感じでしたが。

最後の最後までまったり走ることができました。なんだかんだと今回もBROMPTONで50kmは走りました。寄り道いっぱいしましたからね~。
電車を待つ時間に色々、案内所やら義仲寺でいただいたパンフレット等読んでいると、湖水渡りの上陸地点が、柳が崎にあることが判明( ̄▽ ̄;)!!
しくじりましたよOrz、、そういうのは両方セットですからね、またいかなきゃ(´;ω;`)

これで二週連続輪行の旅となったので、今週末は輪行は控えて、地元でtikitで汗を流すことにします。
琵琶湖の周りを、こんなふうに地域地域を切り取った感じでポタリング。そして一度はビワイチ挑戦してみたいです^^/
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南近江ポタリング。

日曜は本当にいいお天気で絶好の自転車日和でしたね♪


今回は、先週走った滋賀県の近江高島から出発して、大津の辺りまで走ってみようと思っていました。もちろん歴史探検も忘れずに^^
と、思っていたのですが、土曜の夜に飲まないつもりではあったのですが、誘惑に負けて思わずガツリと飲んでしまい、早起きするつもりが寝坊してしまいましたorz
しかも子供の時間セットを間違えた目覚ましでおきました。これがなかったら、まだまだ爆睡していたところでしたよ。


JR西日本のおでかけネットで電車の時刻を確認、今から用意して電車に乗れる時間を考えても、近江高島の駅にはAM10時すぎです。寄り道したい場所を考えると厳しいので、もう少し先まで電車で行くことにして遅れた時間を取り戻すことにしました。
それで、今日はここからスタートです。
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JR堅田駅。お供は今日もBROMPTONです。それはなぜかというと、、、
ブロでまったりダラダラと走りたいからです<(`^´)>
私のブロはザクカラーですからね、歩兵のようにジワジワと偵察も兼ねながら行きますよ。ビューンと走りたい時はシャア専用カラーのtikitの出番、、、かな!?
結局のところ気分しだいってことです^^

駅に着いたのがAM11時前。
まずは腹ごしらえです。というのも出発時にも嫁さん起きていなく、炊飯ジャーも空っぽだったので、カップヌードルを見つけてわびしい朝食を取ったのみでお腹もすいていましたから。しかも昨晩のアルコールのおかげか、ちょっぴりお腹もゴロゴロ、トイレにも駆け込みたい><
案内板をみると、道の駅「びわ湖大橋米プラザ」が近いではありませんか。まずはここで補給と自己メンテ!?及び堅田の情報収集です。時間がなくて堅田のことわからなかったからちょうど良い感じです^^

おっと~いきなり、道の駅に着くまでに見つけてしまいましたよ。知らない街をポタリングする醍醐味ですよね。
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野神神社。勾当内侍のお墓がありました。勾当内侍とは南北朝の武将、新田義貞公の奥さんです。新田義貞は福井にも縁のある武将で、勾当内侍も南条杣山にも来ているらしく、杣山城には勾当内侍の隠れたといわれる洞穴もありました。
案内板によれば、足利尊氏に破れ、体制立て直しのため越前に向かった新田義貞に同行するつもりだったのですが、義貞に止められ、この地で隠れ住んだそうです。これが今生の別れになったらしく、義貞の死を知ったのがその3年後だったそうです。
、、、、あれっ!?私が福井南条の杣山城址で見た、勾当内侍の隠れた洞穴はなんだったのでしょうね。ちょっと不思議です、一度は越前までついて行ったのですが、現地で危険という事で返されたのでしょうか!?調べてみなければ(-_-;)

境内奥には立派なお墓がありました。音声案内もありましたよ。


ここからもう少し先に道の駅が。
近江牛ミンチカツカレーで朝食補完、兼昼食をとりトイレも済ませてこれで心置きなく近江の地を走れます。
さて、ここ堅田には浮御堂で有名な満月寺がありました。浮御堂はなにかで見たことがあったので、とりあえずここ見てくることにしました。

湖岸の細い路地をウロウロとゆっくり走ります。とっても雰囲気のある路です。すぐに「出島」の看板が。見に行くとこんな灯台がありました。
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もちろんハシゴを登っちゃいけませんよ。

さらに奥に進むとありました、満月寺。
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近江八景「堅田の落雁」の浮御堂。これで雁がいたらバッチリなんだけどな~
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湖には大きな鯉が泳いでいるのが見えました。琵琶湖の清々しい景色をご馳走になりました^^

堅田はまったり走るのにいいところですね、すっかり気に入ってしまいました。
このような教会も。
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ヴォーリズという建築家が全国で建築した現存する数少ない建物の一つだそうです。
そういえばozunu13さんの神戸ポタリング日記でも見た気がします。

今日は出遅れたので、ゆっくりもしていられません。次なる目的地、近江坂本に向います。実はBROMPTONを買ったときから行きたかった場所なのですが、なかなかチャンスがなく、今回やっと行くことができました^^v


途中、おごとを過ぎて見えてきました西教寺の看板。
西教寺は明智光秀公に縁の深いお寺です。

明智光秀、、、私が大好きな戦国武将、真田幸村に匹敵する武将なのです。ですから光秀の築いた坂本城や統治した坂本の街を是非見たかったのです♪
少し暑苦しかったですね、許してください。
さて、この西教寺、看板によれば1km少々。もうすぐじゃん!などど思ったのが甘かった><
国道から西教寺まで、残り1kmが全部坂、しかも後半にかけて勾配も激しい激坂Orz
3分の2ほどは頑張りましが、残りは自転車を押して上がりました。無理して踏み込んで膝痛くなるの嫌ですからね、そういうことにしておいてください(;´Д`)

さて登りきったところにあった西教寺。この総門は坂本城から移築されたものです。
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なかも本堂まで地味に坂が続きます(-_-;)

途中の宗祖大師殿。ここからの坂本とびわこの眺めが気持ちよかったです^^
時間を忘れて、まったりお茶でもすすりたい気持ちでいっぱいでした♪

あの電線邪魔><
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お猿も。
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本堂前には明智光秀一族のお墓がありました。
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光秀の奥さんの煕子の墓もありました。

本堂のお庭も少し。
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客殿も素敵でした。
ほか、明智左馬助の湖水渡りの際の馬の蔵も残っています。

帰りの参道を。
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別にモノクロじゃなくても良かったか(-_-;)気分ってやつで(^^;


西教寺は明智光秀が近江坂本の大名となった際、明智一族の菩提寺とすべく大檀那となり、信長の比叡山焼き討ちの災禍をうけた寺の復興に力を注いだそうです。

では、またまた長くなりそうなので次回に続きます。
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湖西ポタリング~後編~

皆様、台風のほうはどうでしょうか。もう通過された地域のみなさま、何事もなかったですか!?そして今から台風が通過する地域の皆様、お気を付けください。
福井は、いまのところ台風の被害があったような感じもなく、風も余り吹いていないような気もします。ニュース等見て、ブログ書いているわけではないので、私が感じたまま書いただけですが。
しかし、どうしてこう、わざわざ日本列島を縦断するかのように来るのでしょうねヽ(`Д´)ノ
少しは遠慮して欲しいですよね。



ではでは、台風のことはこのへんにして、前回の続きを書きますね。


菅浦を出て次は海津大崎に向かいます。ここを抜けてマキノ町から近江高島まで道中はポタリング、最終目的地は大溝城跡を見て、輪行で永原駅まで戻ることにしました。

海津大崎は桜で有名ですよね。
一回も見たことはないのですが、桜の季節は尋常じゃなく混むらしいです。
ここを走ってみて分かりましたよ、桜が湖面に写った、とても美しい風景が目にうかびます。
この季節、桜は当然咲いていなかったので、すっかり桜並木の写真を取るのを忘れていました><
が、しっかり歴史探検の記録写真は抑えておきました(*´∀`*)

大崎寺にて。
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明智光秀により攻められた安土城。この時城に残って戦った信長の家臣たちは奮戦の後切腹。その戦死した人々の菩提を弔うため、秀吉が忠血で彩られた城伐を使って大崎観音堂の修繕に充てたそうです。
梅雨の時期には、血痕が浮かび上がるらしいと書いてありました((((;゚Д゚))))
しかし、特に不審な点は見当たらなかったです。

源義経が奥州に落ち延びる際、海津に入る前に隠れた岩だそうです。
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多少は山道もあるのかと思っていましたが、フラットな湖岸の気持ちのいい道でした^^
ここはビワイチする場合、大体通る道なのかな~!?

海津大崎を抜け、そのまますぐ琵琶湖沿いを走ることに。ふと目の前にいい雰囲気のお店が。
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酒蔵と言えばいいのでしょうか、お酒のことはあまりわかりませんが、ふらふら~っと引き寄せられるように、店のなかに入ってしまいました。月に一回、お酒の量り売りをしているらしく、たまたま今日がその日でした。
量り売りは買いませんでしたが、かわりのお酒を買って帰りました。日本酒飲めないのに(~_~;)
大人買いってやつです^^v

近くの海津港の辺りで。
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これで晴れていたら、水辺ではしゃいでしまいそうでした。

このあとは、できる限り湖に沿って走りました。ちょっとしたビワイチ練習。多分皆様もビワイチの時は同じ道を走るのでしょうね。これは気持ちいいです♪
しばらく走ったあと、お昼もすぎていることですし、近江今津の町の方へ。ランチのできるお店発見、遅めのランチタイムと休憩。しっかり充電して近江高島目指します。

そして走ること10数km、着きました、大溝城跡。
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近江高島の大きな病院(市民病院だったかな!?忘れてしまいました)のそばにありました。
築城者は津田信澄。織田信長の甥です。かなり優秀な武将だったらしく、明智光秀の女婿でもありました。そのこともあってか、本能寺の変のあと、織田信孝らに攻められ自害されています。

近江高島には、城の築城の際出来たと思われる町割りが残っていました。
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こちらは武家屋敷あとです。

これは大溝陣屋の跡です。
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乙女が池。大溝城のお堀の役割も兼ねていました。また恵美押勝の乱の舞台にもなった場所です。
恵美押勝の乱で破れた淳仁天皇が隠れ住んだ土地が、菅浦です。偶然にしてはできすぎだと思いませんか♪
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太鼓橋から。
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乙女が池を抜けると目の前にこんな可愛いモノが看板を占拠!?
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もういい時間です。これ以上遊んでいると、地元につくのが真っ暗になってからになるので、このあたりで切り上げました。
近江高島駅と巨人!?
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久しぶりにBROMPTONで50kmオーバーしました。おけつが痛いです、もちろん少しだけ左膝も(´;ω;`)

勢いで買ったけど、いまだ飲むどころか、フタも開けれていない状態です。
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週末に少しだけでも飲んでみます^^/


滋賀県、特に琵琶湖周辺は、個人的に見どころいっぱい☆彡
近江高島終点のポタでしたか、次回は近江高島発で三井寺の当たりまで、いって見ますか!!
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Category: BROMPTON県外ソロ > 滋賀ブロ

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湖西ポタリング~前編~

昨日は夜勤明けで三女の保育参観に途中参加、その後お昼過ぎからヨコになったのですが、すっかり寝落ち、、、
気づいたら今日の早朝まで途中ほとんど起きることなく寝てしまっていました(´;ω;`)
な~んと約15時間です<(`^´)>
威張ることではないですね、自分でもびっくりです。

早起きはしたものの外は雨です、そりゃ梅雨ですからね、仕方ないですが、、、
取りあえずPC起動、mixiやらブログやらチェックしていると、ほかの方のブログで、今日は予想を裏切って晴れるらしいという記事がありました。
ふんふんと眺めていると、、、
もしか今日は雨あがるのか!?
急いで地元紙のお天気欄確認。降水確率30%、しかもお昼に近づくにつれ10%と回復していくではないか~。

いくしかないよね、これは。何といっても2週間自転車に乗っていません。
急いで準備。車載してお隣は滋賀県まで行くことにしました。もちろんお目当ての行き先の天気も問題なしです。
さて8時半前に福井出発。
まだ小雨が降っていますが、目的地に着く頃には止んでいるはず。いや仮に雨が降っていようが今日は乗るつもりです。もうテンションは上がりっぱなしですからね!
濡れたっていいじゃないか!
なんか有名書道家のフレーズまんまですがお気になさらず(^^ゞ
とにかく運転中も鼻歌まじりでご機嫌でした(*´∀`*)


さて1時間ぐらい走ったでしょうか、着きました。今日はJR永原駅パーキングに車を止めて出発。お供の自転車はBROMPTONです。
DSC03985_convert_20120617190930.jpg

琵琶湖はすぐそばですよ~。
湖岸を走るのは気持ちいいですね。ビワイチもきっと気持ちいいんでしょうね~
ただ、まだ左膝皿の裏かる~くですが痛くなってきているんですよね。。この前金沢リベンジライドから。
先に結論から言ってしまうと、途中違和感は感じながらのサイクリングではありました。痛みまではいかなかったので良かったのですが。今年中にビワイチしたいと思っていますから、なんとか治しときたいところです。

さて湖岸を走ること10km弱、見えてきました最初の目的地が。向こうに見えるあの集落です。
DSC03986_convert_20120617191238.jpg

着いたらまずはここを通らねばなりません!!って勝手に自分で言ってるだけです(^^;
DSC03990_convert_20120617191637.jpg
そうです、ここは隠れ里として有名な菅浦集落。そしてこれが四足門(西)です。ちなみに集落入口の東西南北4箇所あったらしく、今残っているのは、西と東です。集落内を明確にしていました。外来者の監視にあたったとも言われているみたいです。ですが菅浦としては閉鎖的な集落だったわけでないという見方なようですよ。
菅浦は昔は船でしか来れなかったらしく、外からは見えなかったらしいです。また遠藤周作氏もエッセイで紹介されているそうです。

とにかくそんな妖しい魅力たっぷりな菅浦に行きたいと思っていたんですよね~。

須賀神社に行ってきます。
DSC03987_convert_20120617194458.jpg
ここから200m程上にあります。その前に途中の資料館によって、菅浦古文書の一部などを見てきました。人を罰するにあたり、証拠を重視して長老や中老、若衆などで裁判する等、合理的な独自の村掟があったようです。

須賀神社は土足厳禁なんです。
DSC04020_convert_20120617192753.jpg
ちなみにクロックスは私のです(^^;
この日は一日まったり乗るつもりだったので、足元はクロックスでした。

境内にはこんなに大きな切り株が。
DSC04018_convert_20120617192445.jpg

須賀神社の祭神に淳仁天皇が祀られています。
ここ菅浦は、恵美押勝の乱に破れ、孝謙上皇や道鏡に廃位させられた淳仁天皇が隠れられたという伝説があります。

参拝後、菅浦探検。
DSC04032_convert_20120617193703.jpg
こ~んな感じの道があったり。


こんな石仏が。案内板にあった場所的に四足門の跡かもです。
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蝶も戯れていました。
DSC04033_convert_20120617193855.jpg

四足門(東)です。
DSC04027_convert_20120617193438.jpg

他に浅井長政にゆかりのお寺や、淳仁天皇の菩提寺として伝わる長福寺跡などがありました。


なんだかんだと2時間弱位は菅浦にいたかな。不思議で素敵なところでしたよ。
次は桜で有名な海津大崎を通って近江高島まで行こうと思います。というところでまた続きは次回に^^/
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Author:ゲンジ
夏は好きですが暑いのは嫌い、寒いのはまだ耐えれる方ですが、寒すぎるとダメ、適温の幅が極端に少ないんです。。

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