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Category: 福井の山 > 城山(国吉城)

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若狭城山探訪記。

明日からいよいよまとまった雪が降りますね。
今回の雪が山で根雪となり、今後どんどん積もってくれることを期待したいです。
ただ平地は積もりませんように。
それは虫が良すぎるか(笑)


さて。
先週ですが、5日(土)にツギロウさんに誘われて嶺南の城山巡りしてきましたよ。
若狭国吉城と金ケ崎、天筒山城です。
天筒山までは足を延ばしたことないけど、金ケ崎城は過去に行ったことがあります。
国吉城もいったことがあるのですが、その時は足元がブーツだったのか、平地部の資料館辺りをウロウロしただけです。
なので、しらない城ではなく、「麒麟がゆく」で一気に歴史マスターへの道を歩き出したツギロウさんが、金ケ崎の退き口の舞台にもなったお城をフィールドワークするのかなと思いました。

お山装備ですか?と尋ねるとそうですとなり、城山だと考えても少し物足りないのでは?時間が余るなと。
両方のお城にいったことがあり、おおよその規模は分かるので、国吉城からさらに先に御岳山があるのを国土地理院の地図で確認したので、そこまで足を延ばす。
または、嶺南の城を訪ねたのち、坂本城跡でもお連れしようかなとふと考えていました。

兄さんをお迎えに上がり、いざ嶺南に。
すると今回は国吉城を攻略したのち、そのまま金ケ崎まで歩いて、そこからバスで戻るという計画のようです。
距離は15kmほどらしい。
なるほど、それなら城山含めて山装備というのもうなずけます。
地図を見れば、御岳山より、すこしだけルーファイすれば林道があり、そこからも下山できるし、尾根伝いにさらにいけば、登山道っぽい破線もある。
ということで山も登ることにしましたよ。

今回、ツギロウ兄さんが完璧な記事を仕上げてくれたので、詳しくはそちらを参考にしてくださいね。
2020.12.5  GHOST OF TSURUGA その壱
こちらも。
2020.12.5  GHOST OF TSURUGA その弐

では歴ポタという観点から攻めてみます。
こちらは資料館。
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国吉城がその名を歴史にとどめたのは、やはり戦国期に越前朝倉氏からの攻撃を6年にわたり退けたことでしょう。まさに難攻不落の城です。
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こちらは平時の城主や家臣の居住区。
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結構広いです。
小さめな小学校の校庭位はありますね。

歩いているうちに見つけた。
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わかります?石仏が掘りこんであります。みにくいかな(汗)
籠城戦の時に投石に利用したものらしいです。(ウィキより)

急峻な階段を上り山城部に入っていきますよ。
石垣も残ってる。
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前に来た時は、山城部どころか居住区さえ登っておらず、まして石垣があるとは思ってもいませんでした。
織豊以前のもので、山を改修した典型的な小規模な山城だと正直思っていました。

本丸。
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眺めは良いです。

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北西部に向かって郭が段々になっていました。こちらは目視しただけで、下の方までは下りていません。じっくりフィールドワークをしようと思ったら、かなり時間はかかると思います。

北西の尾根を下れば、椿峠となり、その反対側には天王山があります。
関峠より進軍しても、若狭領内に攻め込むためにはどうしてもこの椿峠を越える必要があります。そんな交通の要所に築かれた城ですから、迂回するわけにもいかず攻め落とす必要があったわけで、この地で激戦が繰り広げられたのもわかります。

城主は若狭国守護大名の武田氏重臣、粟屋勝久。
その名を知ったのは、コーエーの信長の野望です。たかがゲームと笑うことなかれ。信長の野望より歴史にはまった人は数知れずいると思います。大体信長の野望ゲーム内では若狭は、飛騨等と並ぶ弱小勢力なのですが、その中でひときわ能力の高い武将でした。
実際に朝倉氏の猛攻を退けつづけたわけですから、その統率力は抜きんでたものがあったのでしょう。
織田と朝倉との金ケ崎の戦いでは、織田軍は国吉城より進軍し信長も滞在したようです。その際に朝倉側の攻撃を撃退し続けた
粟屋勝久を賞賛したとのこと。
粟屋勝久はその後、丹羽長秀、秀吉と仕え活躍したようですね。
国吉城は、のちに秀吉の武将木村 重茲が若狭12万石を与えられたの支配下となります。

栗屋勝久の孫が秀頼に仕え大坂夏の陣で豊臣側として戦ったことと、木村 重茲の子である重成がこれまた秀頼の乳兄弟でもあり、豊臣側の重臣として戦ったこと。
もしかしたら二人は若狭国吉城の時代より、なんらかのつながり・親交なんかがあったのかな~などと妄想し歴史浪漫を感じてしまいますね。
地図を改めて見返すと、国吉城の向かいの天王山(名前も歴史チックでかっこいい)にも登山道や林道もあるようで、ここもあわせて改めてフィールドワークに再訪しなければと思っています。

素晴らしい眺めだった♪
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御岳山に向かいます。

南東の尾根伝いに歩きます。
いったん下ります。
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ここもなかなかの傾斜の下りで、もしか朝倉方がこちら側よりも攻め上がってきたのなら、攻撃は相当に難儀したと思われます。
本丸直下だからここまではきてはないと思うけど。

途中ピーク405地点の電波塔で休憩。ではいきましょう。
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登る途中怪しげな残存物も。
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なにがあったのだろう。。。

とりあえず山頂。
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雲行きは怪しく。雨が降りそうな予感でしたが、計画続行です。
予定通り、ルーファイして南東の等高線の緩い尾根伝い狙いつつ、その先にある登山道を下山することにしました。
私的に、もしかしてこのまま時間があれば、野坂山まで登山的なものがあって行けるのではないかとも思ったのですが、それほど先までの地図は持ち合わせておらず、この辺りは、今度与太郎さんに聞いてみようかな。なにか情報があるかもしれません。

いったんゴーゴー!!
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ここからはしばらく道はありません。
結構な急坂でしたが、前に与太郎さんやNさんと下った長老ヶ岳の最後に比べたら平気です。

ただ、、

おもったより藪が濃い。
なので途中登山道は目指さず、最短での下山となる林道を目指します。
地形図はあるのですが、コンパスを使いこなすことがかなわず、相変わらずのGPSだより(汗)ここほんと練習していこう。
なんとか林道に合流しましたが、、、
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怪しげな施設跡。
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洞窟も(((((((( ;゚Д゚))))))))ガクガクブルブルガタガタブルブル
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石垣こちらは戦国期のものでないのは明白。
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道路の側溝の立ち上げ?
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大きな排水官。
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林道はコンクリも見えてましたが、いつの間にか荒廃して。
藪漕ぎ(笑)
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こんなところを歩きつつ最終的に無事下山。
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しかしあの遺構はなんだったんだろう、、、
兄さんと疑問に思いながら歩いていました。
ここ調べてみました。

御岳山山腹にあった珪石鉱山あとみたいです。
大正15年(昭和元年)より採掘が開始されたそうです。最盛期には150人ほどが従事し、年間2万5千トンを産出していたそうです。
昭和62年閉山。
珪石とは煉瓦の原料なんだそうです。

ツギロウ兄さんとは、戦時中の防空壕!?とか砲台など軍事施設!?などと盛り上がっていました(笑)
この鉱山跡も、国吉城からのトレイルとして、もう少し整備できたら面白いかもしれませね。
なかなかに歴史浪漫を感じる探検ができました(*^^)v

いったん下山し、一般道を歩きます。
まずは越前若狭の国境関峠。
ちなみに敦賀は若狭ではなく越前なんですよ~。
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関峠にはお地蔵さんが安置されていました。
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波除地蔵だそうです。
もとは峠の上り口にあったそうですが、詳細不明だそうです。
なんにせよ、昔この日本海側でも峠の上り口までは津波がきたということ。
地形図でも峠登り口付近に65.2Pがあり、60mオーバーの津波が過去にあったという証拠になっているのか。。
先人からの警告として語りつないでいくべきことなのだと思いました。

お腹すいた。お昼は一力でラーメンと決めて市内を歩きました。


陸軍歩兵第19連隊 営門歩哨舎。 
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当時の塀なんかも残っているそうですよ。
歴ポタは続きます(´∀`*)ウフフ

目的の一力まで来たのですが、お昼時でどうも待ちが発生する様子。
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なのでその近くにある別ラーメン店に。
そこもとっても美味しかったですよ~♪

補給完了し、ツギは日本三大大鳥居のある越前一宮 気比神宮に向かいます。

敦賀の街は松本零士ワールド。
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キャプテンハ-ロック!?クイーンエメラルダス!?よくわからん。

メーテルと鉄朗。
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そうこうしているうちに気比神宮。
戦勝祈願します(笑)
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しかしながら空模様は怪しい、、、
雨の降る前に攻略しましょう。

天筒山城から攻め上り、その勢いのまま金ケ崎までいきましょうぞ。
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登り口にてたたずむ兄上。
後の分かったことですが、奥様からちょっぴりおこな連絡があったらしい、だから呆然としていたのか(爆)

舞崎遺構。
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はじめて登る天筒山にわくわくがとまらん♪

天筒山・金ケ崎は福井でいう文殊山ものような感じなのか、たくさんの登山?お散歩されている方がおられました。地元民に愛される里山なんでしょうね。ここで歴史的有名な激戦が2回も行われている場所だとはとても思えません。
優しい雰囲気すら感じます。

郭。
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今回天筒山は、山の真ん中あたりからの道を選んで登ったのですが、城としての遺構をより楽しむのなら山の南東側の尾根登りをした方が良さげだと思いました。今回は時間の関係上パスです。
兵は神速を尊ぶです(汗)
山は公園として整備されており、立派なトイレや展望台もありますよ。

金ヶ崎側はより遺構が残っている感じ。
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ここ金ケ崎は朝倉と織田との間で激戦が繰り広げられた場所でもあるのですが、さかのぼること南北朝時代。
新田義貞公が親王と共に籠城した場所でもあります。その際北朝側と激し櫛等を繰り広げた地でもあるのです。

劣勢の南朝。
後醍醐天皇より親王を託された新田義貞公は、越前で勢力を拡大すべく京を離れます。
義貞公は今庄の瓜生氏を味方につけ、北朝側と抗戦するも破れ、長男義詮と恒良親王、尊良親王を残し援軍を求めるべく城を脱出し援軍と共に城の救援に向かいますが失敗。
尊良親王、新田義詮は戦死。恒良親王は捕らえられたそうです。
そんな歴史のひとつの分岐点にもなる戦いの舞台に二度もなった金ケ崎。すばらしい。

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月見御殿からの眺め。
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雨もポツポツきました。
それ以上に時間が差し迫っています。
ツギロウさんが調べたところ、帰りの駅に向かうバスの時間にはあと30分を切っています。
急ぎます。

途中見つけたダッシュ!!
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尊良親王御墓所見込地。
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他にも記憶では親王を逃がすべく舟があった場所?かくまった場所?のようなところがあったと思うのですが、記憶違いだったか。時間がないので確認できず。

金ケ崎宮には時間がなくてもお立ち寄り。
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ハートの落ち葉。
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恋の宮でもあるからかな?

奥様と再訪してくださいね♡
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いそげ~!!
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無事間に合った。
兄さん的に最終バスには飛び乗れたようです(爆)
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15時38分のバスにのります。ここから敦賀駅に向かい、10分弱の待ちののち、美浜に向かうバスに乗り換え。完璧なプランでした。

金ケ崎の駐車場です。
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水色桔梗のシールを兄さんからもらった(∩´∀`)∩ワーイ
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美浜にもどり、車がある国吉城まで。ここは丹後街道です。
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お疲れ様でした。
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いや~楽しかった。
久し振りに歴史浪漫を感じる歴山探訪になりました。
25kmオーバーの歴史お散歩。いい運動にもなりましたよ(*^^)v
またツギもお願いします。
冬山も歴山も攻めましょう。

嶺南方面はほんとまだまだ未開拓の場所たくさんあるし、いろいろ調べて歩いていきたいと思います。
敦賀三山すらまだ未踏だし(汗)
雪の野坂山もいこうっと。
ではまたです。
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プロフィール

ゲンジ

Author:ゲンジ
夏は好きですが暑いのは嫌い、寒いのはまだ耐えれる方ですが、寒すぎるとダメ、適温の幅が極端に少ないんです。。

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